一緒に、熊野地域で面白いことをつくりませんか。
クレアネット那智勝浦拠点では、専門職だけではなく、地域の人や企業とつながりながら、幅広く動ける方を募集しています。

お願いしたいこと

・地域の人・企業・お店との接点づくり
・地域で頑張っている人や面白い活動の発掘
・地域の困りごとや相談のヒアリング
・クレアネットへの橋渡し
・取材・情報発信への協力
・地域イベントやプロジェクトへの参加
・FM・SNS・Webなどを活用した地域PR
・熊野地域の魅力発信

この仕事で大切にしたいこと

・「これは自分の仕事ではない」と線を引かない
・地域の声を聞き、必要な人につなぐ
・一緒に地域を盛り上げる気持ちを持つ
・売ることより、まず人とつながる
・数字だけでなく、信頼関係をつくる

こんな方を歓迎します

・熊野地域に人脈やつながりがある方
・地域活動やイベントに関わってきた方
・商工会、観光、行政、福祉、地域団体等での経験がある方
・人と話すこと、人を紹介することが好きな方
・地域の企業やお店を応援したい方
・定年後も地域で経験を活かしたい方
・本業を持ちながら地域活動に関わりたい方
・年齢に関係なく、新しいことに挑戦したい方

こんな方を歓迎します

・業務委託
・非常勤
・週1〜2日程度
・短時間勤務も相談可能
・本業との両立も可能
・家庭・介護等の事情も相談可能

私たちが目指す流れ

地域の人を知る
→ 情報を発信する
→ 困りごとを拾う
→ 必要な人・会社につなぐ
→ 地域に新しい仕事や価値を生み出す

メッセージ

熊野には、まだ知られていない魅力的な人、企業、お店、活動がたくさんあります。
私たちは、それらをつなぎ、発信し、新しい仕事や地域の活性化につなげていきたいと考えています。
「熊野が好き」「地域のために何かしたい」「今までの経験や人脈を地域に活かしたい」
そんな方と、一緒に熊野地域で面白いことをつくっていきたいと思っています。

那智勝浦で仕事を始めたら、熊野がどんどん好きになった

代表の谷です。

那智勝浦で事業をする以上、まず自分自身がこの地域のことを知らないといけない。地域のことをよく知らない人間が、「地域を盛り上げたい」「地方創生に関わりたい」と言っても、やっぱり薄っぺらい。
だったら、まず自分で行く。自分で見る。自分で歩く。地域の人と話す。

そんな気持ちで那智勝浦、新宮、そして熊野との関わりを増やしてきました。振り返ってみると、特に2026年は、わずか半年ほどの間に熊野との距離が一気に縮まった一年になっています。

2026年3月初旬 カイロスロケット発射

まず3月、カイロスロケット発射にあわせて、旧浦神小学校でのイベントにブース出展させていただきました。子どもたちがロケットを見上げる姿を見ながら、
「この地域から空へ飛んでいくんや」ということに、純粋にワクワクしました。2026年のカイロスは、ご存じの通り発射が何度も延期。私は出展ブース責任者だったので、朝7時には現地入りする必要があり、大阪を朝3時に出発して那智勝浦へ向かうという、なかなかの強行スケジュールを繰り返しました。

特に3月4日は、朝3時大阪発
→ 7時那智勝浦入り
→ 発射延期、翌日に変更
→ 15時那智勝浦発
→ 19時尼崎入り
→ 会食
→ さすがに断酒
→ 帰宅して仮眠
→ 翌朝3時、再び大阪発
→ 7時那智勝浦入り
→ 11時、カイロス発射。 今考えても、かなり無茶です。
運転しながら、「社員にこれやらせたら労災だぜ」と思っていました(笑)。

それでも、実際にロケットが大きな音とともに飛び立った瞬間、「来てよかった」と心から思いました。
あの迫力と感動は、画面越しでは絶対に分からないものでした。

2026年3月中旬 中村覚之助サッカー大会

そのすぐ後には、中村覚之助サッカー大会にスポンサーとして参加させていただきました。少年少女が一生懸命ボールを追いかけ、それを地域の大人たちが支えている。そこに企業として少しでも関われることが、本当にうれしかったです。会場ではサッカーを通じて多くの方と交流でき、町長ともサッカーの話をさせていただきました。そして、こうしたご縁がまた次のご縁につながり、現在では和歌山県サッカー協会様のサポートパートナーとして、県全体のサッカー活動を応援する立場にもなりました。一つの地域での出会いが、また次の地域へつながっていく。これも那智勝浦で仕事を始めなければ、まずなかったことです。

URL:
https://www.nakamura-kakunosuke.com/

2026年4月 奥熊野いだ天ウルトラマラソン65km完走

そして4月。今度は自分の足で熊野を知ろうと、奥熊野いだ天ウルトラマラソン65kmに挑戦しました。65km。10時間以上走り続けるのも初めて。これほどアップダウンばかりのコースを走るのも初めて。
そして途中でビールを振る舞ってくれるマラソンも初めて(笑)。
本当に坂、坂、また坂。それでも沿道の方々が声を掛けてくれる。エイドの人たちが笑顔で迎えてくれる。山の中を走り、集落を抜け、熊野の景色を自分の足で65km進む。
そして最後には、無事完走することができました。車で通る熊野と、10時間以上自分の足で進んだ熊野は全く違いました。

土地の広さ、人の温かさ、山の深さ。
少しだけですが、熊野という土地を身体で知ることができた気がしました。

2026年4月 熊野古道・中辺路踏破

同じ4月、熊野古道の中辺路も歩きました。それまで「熊野古道」という言葉自体はもちろん知っていました。でも、実際に歩くと、見え方がまったく変わります。
石畳を歩き、山を越え、集落を抜け、また山に入る。昔の人たちは、今のような車も道路もない時代に、これを何日も何日もかけて歩いて熊野を目指した。その事実が、急に現実味を帯びてきます。

なぜ後白河法皇をはじめ、多くの人々が何度も熊野へ足を運んだのか。なぜそこまでして熊野を目指したのか。
もちろん当時の人たちと同じ気持ちが分かるわけではありません。ただ、自分の足で歩いてみることで、
「ここまで来る意味が、何となく分かる気がする」という感覚を初めて持ちました。
熊野詣は、単に目的地へ行く旅ではなく、山を越え、苦労して歩き、その過程そのものに意味があったのではないか。そんなことを考えるようになりました。

2026年6月 熊野古道・大辺路踏破

6月には大辺路を歩きました。中辺路とはまた違う景色。海を感じながら歩く区間もあり、同じ熊野古道でも、道によって全く表情が違う。
歩けば歩くほど、「熊野古道は一つの道ではなく、人の思いや歴史が重なった大きな文化そのものなんだ」ということを感じるようになりました。
地図で見るだけでは分からない。観光パンフレットを読むだけでも分からない。自分の足で歩くことで初めて見えてくるものが、本当にたくさんありました。

2026年7月 那智の火祭り

7月には那智の火祭り。会社として那智大社様に支援させていただいたご縁もあり、かなり前方から見る機会をいただきました。
目の前を巨大な松明が通っていく。
熱い。
煙が来る。
炎の勢いがすごい。
写真や動画では何度も見ていましたが、現地で見る迫力はまったく別物でした。長い歴史の中で、この地域の人たちが守ってきた祭り。その場に自分も立たせてもらっていること自体に、非常に感動しました。
その様子を会社のInstagramに投稿したところ、数万PVまで伸び、会社のInstagramでも最も多く見られた投稿になりました。そこで改めて、
「熊野には、まだまだ外に伝わっていないコンテンツが山ほどある」と感じました。

私たちIT会社ができることは、単にホームページを作るだけではありません。地域の魅力を見つけて、きちんと外へ伝える。
それも大きな仕事だと思うようになりました。

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2026年8月 熊野古道・紀伊路踏破

8月には紀伊路を歩きました。これで中辺路、大辺路、紀伊路と、自分の足で歩いてきたことになります。道を歩くたびに、古代から中世にかけて熊野を目指した人たちの感覚に、ほんの少しだけ近づける気がしました。
後白河法皇をはじめ、何度も熊野へ足を運んだ人たち。それほどまでに、人を引きつけた熊野とは何だったのか。歩けば歩くほど、その理由を頭で理解するというより、身体で感じるようになります。
しんどい道を歩いた先に景色が開ける。
山を越えた先に集落がある。
長い距離を歩くうちに、余計なことを考えなくなる。
そして最後に熊野へたどり着く。
その一連の体験そのものに、人を引きつけるものがあったのではないか。
「昔の人が、なぜ何度もここへ来たのか。少しだけ分かった気がする。」今ではそんなふうに思っています。

2026年9月 FM新宮とのご縁

そして9月。今度はご縁をいただき、FM新宮様とも仕事をご一緒することになりました。
熊野で活動する人。
地域企業。
イベント。
観光。
スポーツ。
文化。
こうしたものをラジオ、Web、SNSなどを組み合わせて発信できれば、もっと地域の面白さを伝えられる。
ここでもまた、新しい可能性が見えてきました。たった1年少しで、全部つながってきました。

考えてみれば、

カイロスも、
サッカーも、
ウルトラマラソンも、
中辺路も、
大辺路も、
那智の火祭りも、
紀伊路も、
FM新宮も、

那智勝浦で事業を始めていなければ、ほぼすべて経験していなかったことです。最初は単純に、「那智勝浦で仕事をしよう」というところから始まりました。
ところが1年少し経った今では、「もっとこの地域を知りたい」に変わり、さらに、「もっとこの地域に関わりたい」となり、
今では、「新宮・那智勝浦、そして熊野地域全体をもっと盛り上げたい」と思うようになりました。

仕事だから地域に来る。
それだけではなくなっています。地域の人と出会い、祭りに参加し、スポーツを応援し、自分の足で山を走り、古道を歩き、ロケットを見上げる。
そうやって少しずつ地域の中に入っていくうちに、会社としてこの地域で何ができるのか。ということを真剣に考えるようになりました。

Web、SNS、広告、採用、IT、AI。
私たちには私たちなりの得意分野があります、そこに地域の人が長年培ってきた人脈や信用、文化、歴史を掛け合わせる。そうすれば、もっと面白いことができるはずです。

だからこれからは、
「熊野で仕事をする会社」から「熊野の人たちと一緒に地域をつくる会社」へ。そんな存在になっていきたいと思っています。
人口減少とは言えまだまだできることがある、一緒に街を、熊野を盛り上げようという思いを共にできる仲間を、これからもっと増やしていきたいと思っています。

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