護摩壇山という山名は、平家の武将・平維盛が龍神村に落ち延びしとき、この山で護摩焚き、平家の運命を占ったことに由来するとか。
はたまた、山頂で護摩を焚いて平家の再興を祈願した場所だとか。高野山すぐなので確かに平維盛が護摩を焚いたような気もします。




道の駅・ごまさんスカイタワー。
維盛は美男子だったようなので、落ちぶれた貴公子の悲劇的な最期に対する庶民の同情と、人里離れた険しい山々という地形が重なり、「維盛は生きてこの山奥で静かに暮らしたのではないか」というロマンあふれる伝説が今も語り継がれたそうです。竹野浜からすぐ近くにも、同じく平家の平家の隠れ里「豊岡市竹野町田久日」という場所があって、そこの田久日弁財天社様におまいりしたことあるのですが、ほんとに絶対に気付かないやろう場所で生活をしていたそうで、源平合戦で活躍し、壇ノ浦の戦いで敗れて落人になったと伝説が残る人物がこの地を最初に踏み入れたそうです。
なので補陀洛渡海もいいですし、人の気配がない野迫川村を選んだのかなと感じる次第です。